相続した借金が相続後に免除されたら|最高裁が示した所得税の非課税所得の範囲
相続した借入金が相続後に免除された場合の所得税について最高裁第三小法廷(令和8年6月23日判決)は二重課税関係に立たず非課税規定の対象外と判示しました。
被相続人の借入金債務を相続した後に免除を受けた場合、その免除益が所得税法第9条1項17号(旧16号)の非課税所得に当たるかが争われた訴訟で、最高裁判所第三小法廷(令和8年6月23日判決)は原判決を破棄し東京高等裁判所へ差し戻した。同号の「相続等により取得するもの」は財産そのものでなく所得を指し、相続税が課されない相続後の債務消滅利益は二重課税関係に立たないため非課税規定の対象外と判示された。
判決の概要とこれまでの審理経緯
本件は、被相続人から金融機関に対する借入金債務を相続した相続人らが、相続開始後に当該債務の免除を受けた事案である。所轄税務署長は、債務免除により受けた経済的利益は一時所得に該当するとして、所得税および復興特別所得税の更正処分並びに過少申告加算税の賦課決定を行った。これに対し相続人らが処分の取消しを求めて提訴した。
第一審および控訴審(東京高等裁判所令和6年1月25日判決)は、相続により承継した債務の免除益は相続を契機とする一連の経済的利益であり、所得税法第9条1項16号(現行第17号)にいう「相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するもの」に含まれると判断した。原審は、債務の免除によって受ける利益も実質的には相続に伴う清算関係の一環であり、所得税を課すことは法の予定しない負担を課すものとして、課税処分の取消しを認めていた。これに対し国側が上告受理申立てを行い、最高裁判所で審理された。
所得税法第9条1項17号の射程と最高裁の判断枠組み
所得税法第9条1項17号は、相続、遺贈又は個人からの贈与により取得するものを非課税所得と規定している。この規定の射程および解釈について、最高裁判所第三小法廷は判断を示した。
最高裁判所は、同号に規定する「相続等により取得するもの」とは、民法上の相続等によって承継した財産そのものを指すのではなく、相続等という原因によって受給者に帰属することとなった所得を指すと判示した。この非課税規定が設けられた趣旨は、相続税や贈与税の課税価格の計算の基礎とされるべき経済的価値に対して、さらに所得税を課すことによる二重課税を排除する点にある(最高裁判所平成22年7月6日第三小法廷判決参照)。所得税法における課税関係の区分は、事業所得等の各種計算における青色申告特別控除の適用要件などの手続規定と同様、法定要件に基づき厳格に解釈される。
被相続人の債務を相続した後に免除の効力が生じた場合、免除によって生じる経済的利益は、相続開始の時点ではなく免除の効力発生時に確定する。したがって、この利益は相続等という原因から直接発生した所得とは認められない。
相続税法第14条1項の債務控除と二重課税排除の法理
相続税の計算において、被相続人の債務で相続開始の際現に存するものは、相続税法第14条1項の規定に基づき、相続財産の価額から債務控除として差し引かれる。相続財産評価の特例規定等により財産評価額が算定される際にも、現存する確定債務は控除対象となる。
債務控除を受けた借入金がその後に免除された場合、債務の消滅によって生じる経済的価値に対しては相続税が課されることはない。最高裁判所は、相続税が課されない以上、当該経済的利益に所得税を課したとしても、相続税と所得税の二重課税という関係は生じないと整理した。
相続開始時に債務が存在していた事実は、相続税の課税価格を減少させる要因として機能するにとどまり、相続後に生じた債務免除の利益に相続税が課税されない以上、所得税法第9条1項17号の趣旨である二重課税排除の要請は働かないとされた。
| 区分 | 相続開始時の処理 | 相続後の免除時の判断 | 根拠規定 |
|---|---|---|---|
| 相続税の課税価格 | 債務は課税価格から控除 | 相続税は課されない | 相続税法第14条1項 |
| 所得税の課税関係 | 相続時点では所得税対象外 | 非課税規定は適用されない | 所得税法第9条1項17号 |
| 二重課税の有無 | 二重課税は発生しない | 二重課税関係に立たない | 最判平成22年7月6日参照 |
手続状況と最高裁における解釈の分かれ目
最高裁判所は原判決を破棄した上で、本件を東京高等裁判所に差し戻した。したがって、課税処分の適否そのものが最終確定したわけではなく、免除益の所得区分(一時所得該否や計算方法)や取消事由の有無については、差し戻し後の控訴審において改めて審理される。所得税法上の各種損失の控除関係をめぐる雑損控除と災害減免の選択と同様に、税法の具体的適用には個別要件の充足が不可欠となる。
本判決の適用範囲に関する具体的な制約として、本法理は「相続開始後に生じた債務免除益」に限定されており、相続開始時点で既に消滅していた債務や生前に債権放棄の合意が成立していた事案にはそのまま適用できない。また、反対意見を述べた石兼公博裁判官は、被相続人の債務を承継した相続人が免除を受ける過程は相続を契機とする財産関係の清算の一環であり、実質的実態に即して非課税規定の趣旨を適用すべき余地がある旨を指摘した。最高裁判所の法廷内でも見解の一致を見なかった論点であり、今後の差戻審の審理動向が注目される。
根拠法令と判決原典
本稿で参照した原典資料の一覧は次のとおりである。
| 項目 | 原典名・事件番号 | 確認日 | リンク |
|---|---|---|---|
| 最高裁判決 | 最高裁判所第三小法廷 令和6年(行ヒ)第160号(令和8年6月23日判決) | 2026-09-27 | 判決全文PDF(裁判所) |
| 二重課税判断の先例 | 最高裁判所第三小法廷 平成22年7月6日判決(民集64巻5号1277頁) | 2026-09-27 | 判決全文PDF(裁判所) |
| 非課税所得規定 | 所得税法第9条1項第17号 | 2026-09-27 | e-Gov法令検索 |
| 債務控除規定 | 相続税法第14条1項 | 2026-09-27 | e-Gov法令検索 |
【記事情報】本記事は公表された裁判所判決資料および現行法令に基づき事実関係を整理したものです。本サイトは税理士等の監修を受けていません。個別事案の法解釈や申告手続の助言は行いません。個別の税務判断については税理士または所轄税務署にご相談ください。本稿の作成にあたっては公開法令・裁判所判例の構造化にAI支援ツールを活用しています。
- 公開 / 更新
- 2026-09-27 / 2026-09-27
- 監修
- 監修者は置いていない。運営者が原文と照合して掲載
- 免責
- 公表済みの法令・Q&Aの事実を確認日時点で整理したもの。個別の事案への適用の可否・選択の助言は含まない
- AI利用
- 下書きと表の整形に生成AIを利用。公開前に運営者が原文と照合